第5回メッセージコンクール(2007年の受賞作品)
小中学生を対象に、感謝をテーマとした「読書感想文」と「感謝メッセージ」を募集しました。その中から、心温まる子どもたちからのメッセージ(受賞作品)を紹介します。NPO法人教育ルネッサンス
第5回メッセージコンクール(2007年の作品)
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埼玉県教育長賞
「不都合な真実」
「今日も猛暑日です!水分をしっかりとり、熱中症に気をつけましょう。」
この夏休み、私はエアコンの効いた快適な家の中で、全く汗をかくこともなく、そんなニュースを毎日見ていた。家の中にいながらにして熱中症で亡くなってしまった老人もいたという。体温より高い気温が何日も続き、そして、自分自身も外に出て実感する猛烈な暑さ(熱さ)。テレビでは予想最大電力と供給力を毎日表し、節電を呼びかけていた。もし供給がストップしてしまったら……。そんな中、テレビの街頭インタビューでマイクを向けられた女性が笑顔で答えていた。
「あ~。わかってるけどやってないよね。」
周りの友人も笑顔でうなずいている。エアコンの設定温度を二十八度にしていますか?という問いかけに対する答えだった。自分一人が気をつけたところで何も変わらない、とか自分一人くらいは別にいいだろう、とか……本当に残念なことだけれど、そういう意識を持っている人が多いのではないか。これでは、いくらテレビやコマーシャルの中で訴え続けても意味がなくなってしまう。どうすればそんな意識を変えることができるのだろう。この夏、私は、そんな私達の低い意識を変えてくれる本に出会った。アメリカの元副大統領アル・ゴアの書いた『不都合な真実』である。
「地球温暖化」よく耳にする言葉だけれど、その温暖化はなぜ起こっているのだろう。そしてその温暖化によって私達の地球はどのようなことになってしまうのか。そして、不都合な真実とは何なのか……?
この本の表紙にはこう記してある。
『地球のためにあなたが出来る最初の一歩はこの事実を知ることだ』
と。彼が生まれて初めて温暖化について考え、その後もずっと意識的に注意を向けるようになったきっかけは、学生時代に出会った科学者であったという。私にとって、この本が温暖化について知り、そして考えるきっかけをくれた大切な一冊となった。
大気中の二酸化炭素が増加すると気温が上昇し、それによって急速に溶ける氷河、水不足による湖の消滅。どんどん広がる世界の砂漠化……。衝撃的な写真やデータが、ページをめくるたびにこの目に飛び込んでくる。世界中の多くの生物種も気候変動の脅威にさらされているという。
私が驚いたのは、洪水や干ばつ、ハリケーン、竜巻など、自然災害だから仕方ないもの、人間の力では防げないものであると思っていたものでさえ、私達人間の活動が影響を及ぼしているという点であった。
気候の危機の解決に手を貸すためにできること……。この本の最後には、私達のハイテク生活が自然界に与えている圧力を減らす為にだれにでもできる様々な具体的な取り組みが紹介されている。私はその提案の中から、いくつか自分がすぐにできることをみつけた。使わない電気は消す。可能な限り歩く。モノを大切にする。買い物はマイバッグで……等である。もう「知らない」とか「知っているけれどやらない」とか「私くらい」と、そんな風に思っていてはいけないのだ。この地球上に生きる私達一人一人が気づき、自分のやれることを今すぐ始めれば、状況は少しずつでも変わるのではないだろうか。
映画や本の中で彼はこう言っている。
『将来を守るため、私達はもう一度立ち上がらなければならない』
と。彼が世界中をまわって温暖化のスライドを見せ、講演をしている時、最もよく聞かれる質問が二つあるという。その中の一つが
「たくさんの人達が、まだこの危機は本物で花井と思っているのはなぜなのだろうか」
それに対し彼はこう答えている。
「理由の一つは気候の危機に関する真実は自分達の暮らしを変えなくてはならないという『不都合な真実』だからではないかと思う。」と。変えるべきものが冷暖房の温度設定を調整するとか新しい種類の電球と使うといった小さなことにしろ、石油や石炭から再生可能な燃料に切り替えるといった大きなことにしろ、そのためには骨を折らねばならず、一部の力の強い人や企業にとって特に不都合であり歓迎せざるものなのだと。訳者もあとがきでこう結んでいる。
「本書が不都合な真実と真撃に向き合い、今日の便利さや利益ではなく、将来世代も含めた視野で考え、ひとりひとり・組織・地域・社会・国・国際社会の動きを変えていく強力な原動力になることを心から祈っている。」と。
この地球上に生きている限り、この真実に関係のない人なんていない。まず、真実を知り、しっかりと向き合う。そして、自分から意識を変えていくことが、温暖化を防ぎ、地球を守ることへとつながっていくのだ。
川越市立第一中学校3年 伊藤汐音
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埼玉県中学校長会賞
親のこころ
母は私に一冊の本をすすめてくれた。だが、私はその本にはまったく興味がなく、いつの日か部屋の隅に置くようになった。
ある日、私が部屋の掃除をしている時だった。ふと、あの本が頭に浮かんだ。いつの間にか私はその本を探していた。その本は埃だらけだった。私は静かにゆっくりと本を開いた。本を開く音とともに大きく書かれた題名が目に入った。そこには『再び去った息子』と書いてあった。
これは父の元を離れていった息子の話だ。息子は家を離れていった。父から請け負って全財産を手にして……。しかし、しばらく何年かたったある日、息子はからっぽになって帰って来た。あやまってもあやまりきれない罪悪感を感じていた。しかし、それを見た父は何も言わずギュッと息子を抱き締めてあげた。父は息子の全てをゆるしてずっと待っていたのだ。お金や財産を失ったけど息子が帰って来てくれた。それだけでも父は嬉しかった。息子は自分の罪を反省し、父と一緒に暮らした。
しかし息子はまた家を離れていった。
今度は愛する父のために家を離れたのだ。父は、その必要はないと反対したが、愛する父にどうしてもお金を稼いで何かプレゼントしたかったのだ。再び離れた息子は本当に頑張って働いた。父に会いたい感情も抑えて必死にお金を集めた。
五年という月日が過ぎた。息子は成功し、多くの金を手に入れた。そして、父に捧げるプレゼントを持ち、家に帰って来たのだ。だが、息子が家に着いた時にはもう父はいなかった。一か月前に病気で亡くなったのだ。父の死の前で息子は胸が痛んだ。そして、父からの一通の手紙で息子は胸が張り裂けそうになった。その手紙にはこう書いてあった。
『愛する息子へ。私はなにも入らないよ。本当に私が欲しかったのはお前との時間だ。お前と一緒にいることだったんだ。お前に会いたかった…。父より。』
息子の目からは涙が止まらなかった。息子はやっと気付いたのだ。父が欲しかったのはどんなに豪華なプレゼントよりずっと一緒にいることだったことを…。
読み終えた後の私の目からは涙がこぼれ落ちようとしていた。私はそれをグッとこらえて空を見て思った。親の心をよく知ることが親を喜ばせる第一歩だと…。
次の日からこの本は私の机のとなりの本棚に置くようになった。
川口市立芝園中学校2年 金瑜順
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埼玉県教育公務員弘済会賞
ハッピーバースデー
わたしが読んだ本は、ハッピーバースデーです。作者は青木和雄さん、吉岡多美さんです。この本は、学校の図書室にあったのを少し見たとき、読んでみたいと思ったので、自分で買いました。
この本の、おもなストーリーは、主人公、あすかが様々なでき事をのりこえ、正直でまっすぐな心をもった女の子に変わっていくという物語です。
初めに、あすかは、家族に冷たくされ、自分の誕生日を忘れられるという悲しい出来事を経験し、声がでなくなってしまいます。わたしは、なんてひどい事をする家族なんだろうと思いました。でも、この話を読んでいくうちにだんだんと家族、特に母親の気持ちが分かりました。
なぜなら、あすかの母、静代は昔、親にまったく相手にしてもらえないという悲しい過去があったのです。病弱な姉ばかりを相手にして、自分の事は忘れられたように相手にされない、こんな事があったら、わたしだったら苦しくて、つらくなると思います。だから少しその母親の気持ちも理解できました。
このように、この物語では、主人公だけでなく、家族一人一人の気持ちにもスポットを当ててえがかれているのです。
次にあるかが療養のため、祖父の家に行き、だんだんと心の豊かさをとりもどしていく場面があります。その中でもわたしが特に心に残っている言葉は祖父の「あすか。怒る時は怒れ。悲しい時は思いっきり泣け。がまんなんかするな。感情を殺したら生きる力が無くなるよ。じいちゃんが受け止めよう。安心してあすかの感情を、本当のあすかを出してごらん。」という言葉です。本当の自分を出す。これは簡単そうでなかなか難しいことだと思いました。わたしも、つい何かあってもがまんしがりなので、しっかり感情をだせるようになりたいです。
そして、ついに声をとりもどしたあすかは引っ越したので、新しい学校に、転校生として、再び学校に通い始めます。しかし、そのクラスではいじめがおきていました。祖父と祖母に、生きるということと、本当の自分をだすということをよく学んだあすかは、堂々といじめ問題について、自分の気持ちを伝え、みごといじめ問題を解決しました。わたしはそんな勇気のあるあすかをすごいと思いました。いじめられて、死のうとしていた子にも「死ぬ方法より、幸せに生きていく方法を探そうよ。」声をかけてあげる場面があります。とてもいい事を言うなと思いました。幸せに生きていく方法には、希望がたくさんあるんだから、という事だと思います。
そして、あすかの他にも母を変えていく人物がいます。それが、会社の上司、星なつきです。一見何も考えていないような、なつきですが、大事なことは一番よく分かっていて、母の心にひびく言葉をかけます。人間として母よりよっぽどあすかの気持ちを分かっていて、厳しい言葉で母を変えていくのです。そしてなつきは、自分の母とあすかの母が似ている、と言います。「分かりますか?わたしはあすかちゃんなんですよ。」「もう、いじめないでください。お母さん。」と言ってなつきは泣いてしまいます。その場面で、ようやく母は、あすかの事を考えるのです。わたしは、あすかだけでなく、なつきもすごいなと思いました。自分もつらい経験をしたのに前向きな気持ちを忘れないで、一生けん命母を変えていくなんて、なかなかできることじゃないと思います。
そして最後の場合で母があすかの誕生日会で「一人では生きていけないということを、みなさんの言葉に思い知らされました。」と言います。わたしは、その通りだと思いました。人は、一人で何もできません。たくさんの人と関わり合って、一人一人の気持ちを言い合って、それでこそ、人生なんだとこの本を読んで思いました。
最後にあすかは鏡に眩しいほどにかがやく笑顔でいいます。「ハッピーバースデー、あすか。生まれてきてよかったね。」これには、きっと幸せなあすかの気持ちがこまっていたんだと思います。
さいたま市立東浦和中学校1年 澤野真由
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教育ルネッサンス賞
「平和へのねがいと祈り」
この夏、僕はNHK合唱コンクールで「風の夏から 夏」を歌った。
出場前に「この『夏』の歌詞はヒロシマの夏。ひかりは原爆、原爆のひかりに焼かれた父。しかし、子である私達は恨みや憎しみではなく、もうこのような悲劇な出来事が二度と起こらないでほしいという平和への願いと祈りの曲です。」と先生から解釈をしてもらった日から僕は、この曲を歌うことに何か決意に似たようなものが生まれた。
歌い終わった後のシーンとした静けさの中に、何かピーンと張りつめていて直立したような感情は何なのだろう。これが僕の平和への願い、祈りなのだろうか。形があるとすればどんな形なのだろう。訳のわからない決意だけでいいのだろうか。
そんな時、図書館で「ナガサキに翔ぶ ― ふりそでの少女像をつくった中学生たち ―」という題名の本を見つけ、迷わずこの本を手にしていた。
ふりそでの少女像のモデルでもある美奈子ちゃんは、長崎に落とされた原爆で、わずか十才で命を奪われてしまった。美奈子ちゃんの亡骸は史子さんという少女の亡骸と仲良く並んで戸板の上に乗せられた。二人の少女は黄色とピンクの振り袖を着せられ、積み上げた材木に火を付け荼毘に付された。その光景は、焼け落ちた風景の中で悲しくも、はっとするほど美しく、通りかかる人々の目を引いたそうである。「悲しき別れ―荼毘」と題された絵の中に描かれた美奈子ちゃんは、四十三年もの年月を隔てて離ればなれになっていた母、志なさんと再会する。そんな志なさんの今の願いは、娘の供養と平和への祈りを込めた折り鶴を広島に届けることだった。そんな中、出会った京都の綾部中学校生徒会役員の薫達を筆頭に善意の輪は拡大していく。友人から家族、地域の人々、平和運動の人達……薫達の善意の活動は、ほんの小さな綾部という地域から広がり、テレビの電波にのり全国へと拡大していくのにそんなに時間はかからなかった。そのことに、僕はとても驚いた。僕は、綾部がどこにあるか地図帳を開いてみた。川に小石を投げた時、広がる波紋を想像した。薫達の善意の小石は、平和への願いと祈りを波紋のように広げたのだ。
戦争を知らない僕達にとって、平和の意味がよくわからないという現実がある。でも、ヒロシマ、ナガサキの地に原爆という殺りくのための兵器が落とされ、何十万人もの人間が焼け死んだ国に生まれたことも事実だ。一石を投じた綾部中に僕はエールを送りたい。
本の中に次のようなくだりがある。「戦争は人間のしわざ、戦争は人間の生命の破壊、戦争は死、過去を振り返ることは将来に対する責任を負うこと。ヒロシマを考えることは平和に対して責任を取ること」僕は、胸を突かれた。胸に刻みつけなければと思った。今までに、僕達は「ヒロシマの有る国で」を歌った。「木琴」も歌った。「夏」も歌った。秋の合唱祭では、クラスで「消えた八月」も歌う。戦争は、いつもどこかの国で起きている。平和への道のりは、はてしなく遠い。遠くても平和への願い、祈りは次の世代にバトンを渡さなければならないと思う。平和への道程の中に僕達はいるということを自覚しなければならない、僕の認識は「歌うこと」から始まったようだ。
「父が焼かれた日」が二度と来ないように。
「ふりそでの少女像」に祈りを込めて。
川越市立川越第一中学校3年 阿出川彬
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教育ルネッサンス賞
天国の亜也さんへ
私があなたのことを知ったのはテレビドラマがきっかけでした。二〇〇五年十月、「1リットルの涙」毎週毎週、ティッシュ箱を片手に見ていました。脊髄小脳変性症という重い病気におかされた少女が必死に生きる姿を実話に基づいて放送されたものです。それから、あなたが一生懸命書き続けた日記に出会い、今も大切なものとして保管しています。あなたが書いた一つ一つの言葉にこれまで何度、勇気づけられたことか。
病気はどうしてわたしを選んだのだろう。あなたはそう言っていました。この世に生まれてから大きな病気一つしたことのない私に何も答えることはできないけれど、病気はあなたを信じたのではないかな。あなたならきっと乗り越えられる、生きていける。「運命」という言葉では確かにかたづけられない。でもあなたは負けなかった。最後まであきらめなかったよね。
くじけそうになったことは本を読む限り、本当にたくさんあったようだけれど、あなたの心からの言葉に圧倒させられました。亜也さんは強い人です。私は到底、あなたのような人にはなれないと思います。ただ、私はあなたを見習っていきたいです。私が生きていく人生であなたに会うことはないけれど、いつも心の支えになってくれると思っています
あなたが流した1リットルの涙には色々な思いが込められていました。病気を知ったとき、体が不自由になっていくとき、友達との別れ。つらい涙が多いと思っていたけれど、違ったんだね。周りの人の優しさや友達の気遣いの嬉し涙もあったということを知りました。亜也さんにとって友達とは何ですか。人間は個性があって友達でも、あなたのように強い心を持った人もいれば、なかなか人と打ちとけられない人もいます。そんな中にいる自分は、周りの友達からどう思われているのかなぁと、気になってしまうことがあります。あなたを懸命に支えてくれた友達はあなたにとってかけがえのない宝物だったのだろうと本を読んで思いました。私にも大切な友達はたくさんいて、心からの感謝の気持ちがあるけれど、本当の友達の良さをまだ知りません。あなたのように自分が窮地に立ったとき気づくことなのかもしれません。そう考えると、家族も同じです。日頃、親に迷惑をかけ、感謝しているつもりでも伝わらない、自分の口から両親にありがとうと言えるのはいつになるのかな。亜也さんのようにうまく伝えられません。だから、いざというとき支えてくれる家族だったら、そのとき本当のありがたさが分かるのではないかと思います。そしていつかきっとあなたのように一人前の親孝行をします。
あなたは友達、家族を大切にしていました。つらいのはあなただけではないことをしっかり理解していたのはすごい。家族は一緒に闘ってくれている。あなたは自分だけ満足すればいいなんて一度も思っていなかった。だからあなたの家族はあなたを必死で支えたんだよ。あなたの素直な気持ちがなかったら、一人で病気を抱え込むことになっていたかもしれない。あなたの周りの人達はあなたが大好きだったんだね。
私も亜也さんが大好きです。私はあなたの言葉に何度も勇気づけられたと言いました。嘘ではありません。なんだか、あなたの言葉を思い出すと元気になれます。私の一番好きなあなたの言葉。
いいじゃないか転んだって
また 起き上がれば いいんだから
転んだついでに仰向いて 空を見上げてごらん
青い空が 今日もお前の上に限りなく広がって
ほほえんでいるのが見えるだろう
お前は 生きてるんだ
本でもドラマでも、この言葉は忘れられません。私の今までの人生、転んだこともたくさんあったけれどこの言葉を読み、思い出して起き上がれたことだってあるんだよ。一度くらい失敗したって大丈夫。自分の失敗をずっと考え込んでしまう私にとってあなたの言葉は救いの手だったんだよ。私だけではない。この世の人みんな。
私はあなたのことを全て知っているかのように偉そうに話してきたけれど、伝えたいことは一つです。本当にいっぱいの勇気をありがとう。
あなたが今どこで何をしているか私には分からないけれど、私は絶対に忘れません。あなたの様な病気に向かう強い心を持った人が昔も今もいることを。
亜也さんの生涯、全てを知るには少なくとも1リットルの涙が必要なのではないかな。
狭山市立中央中学校2年 酒井里恵
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第5回メッセージコンクール(2007年の作品)
★小学校高学年の読書メッセージ!★
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教育ルネッサンス理事長賞
「私の色」
『トモ、僕は元気です。』の本の帯に、読み終えたあと、きっと人にやさしくなれるそんな物語、とありました。このやさしくなれると言う言葉にドキッとして、離れなくなりました。
そして、やはり本の中には心が暗くなり、考えさせられる場面がありました。それは、主人公、和樹君のお兄ちゃん、トモがいじめられる場面です。
トモは障害児で、小学校の時からイジメられているのです。しかし、私が思わず考えてしまったことは、イジメられているということではなく、和樹がそのイジメの現場を見てしまい、どうしようもなくなってしまい、そこからにげだしてしまったことです。
私は、もしこれが私だったら……きっと和樹といっしょでにげてしまうだろうな。息がつまって、そして、自分が情けなくなりました。私も悩んでいることがあるからです。
読んでいくと、そんな私を変えるヒントの言葉がありました。その言葉は、『毒は、弱いところへと流れていく。毒ををたれ流すのも、弱いものなのに』というものです。
そして、和樹は、こんなことを思い始めていました。ぼくが、切りきざみたかったのは、ソファーカバーじゃない。ゆるせなかたのは、イジメた人たちからにげた自分だった。トモなんかいなきゃいいのにと、思ったぼくがいやでたまらない、ということです。
わたしもそうだよなぁ、みんなが弱いんだよな、私もいっしょでいいんだよなぁ、と泣きそうになりながら思っていました。そして、私の今までってどんなに情けなかったのだろうと思いました。私はこの本と出会うまで、心のことをあまり深く考えないで生活していました。和樹は、自分の気持ちからにげないでよく考えて、だからこそ悩んでいたと思います。私は、そのことにはっとし、今までの自分を反省しました。
私の心を色に例えると、自分の色は白にはもう、もどれないけど、うすまった少し新しい色で明日をえがけばいいんだよなぁと思うようになれました。私は、この本のおかげで、毎日自分の色をえがきながら、がんばればいいんだと思うようになり、少しほっとした気持ちです。
最後に、私はこの本を読み、和樹と共に成長したいと思います。世の中にはたくさんの人がいる。みんな、それぞれ個性(色)は違うけれど、やっぱりみんな私と同じで弱い気持ちがあると思います。だれ一人として違う人はいないと思います。そして、一人一人の大切さは同じなのだから、自分の色で、自分生命をかがやかせ、明日をえがけばよいのだと思います。そこには、きっと自分によく似た色を持つ人もいるでしょう。そう、みんな色は違うけど決して一人ではないのです。
私は、自分の色を大切にして生きていきたいです。トモに負けないように…。
鷲宮町立東鷲宮小学校6年 有山唯菜
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埼玉県公立小学校校長会賞
平和の種をまくために
ボスニア・ヘルツェゴビナという国は、イタリアの近くにあることを知りました。私は、この本を読むまでは、そのような国があることすら知りませんでした。ボスニアの周りには、小さい国がたくさん集まり、昔は、ボスニアのほかに、スロベニア、クロアチア、セルビア、アケドニア、モンテネグロの六つの国が一つだったそうです。しかし、民族間で戦争が起こりました。三年半にわたった戦争は終りますが、ボスニア・ヘルツェゴビナは、一つの国の中に二つ国ができてしまったそうです。
エミナが生まれたのは、戦争中のことでした。「戦争中に赤ちゃんを育てることは、どんなに大変だったのだろう。ミルクやおむつはどうしたんだろう。エミナが泣いたときに、お母さんは困らなかったのかな。」と私は、本を読み進めながら思いました。お母さんは、
戦争中でもエミナのためならどんなことでもがんばり育てました。ただ、お母さんは、「エミナが生まれたときは、まるで暗やみに光がさしたようだった。」と大きな希望を持ったにちがいありません。
戦争が終っても、家はほうげきでこわされていて、中のものがすべて盗まれ、エミナたちは家に帰れませんでした。もどってこられたのは、戦争が終わって、六年間もたってからでした。その間、つらくてとても悲しい気持ちだったと思います。私は戦争はほんとにこわいものだと思いました。
コミュニティーガーデンは、ある団体の支えんで、家のない人たちに与えられる農園です。ここでは、戦争で戦っていた民族同士が、仲良く農作物を作ってくらしていました。ボスニアクのセイダおばさんは、夫が行方不明のままだし、セルビア人のドリブラおばさんは、負傷した息子を生かすために必死だったそうです。そして、毎日農園にかかさず通うのは、「農作物をつくるだけでなく、それを分かち合う仲間がいるからだ。」という言葉に大変私は感動しました。同じ農作物を共に育てることのすばらしさが、戦争を終わらすことになるのではないかと思ったからです。そして、エミナも、セルビア人の一つ年下のナダと一番の仲良しになりました。
この農園では、民族という区別よりも一人一人のつながりがあって、おたがいのことをよく知ることで、ほとんど問題にならないそうです。民族間での戦争はどうして起こるのかな。この農園のように、みんなが助け合って、喜びをわけ合い、仲良くいっしょに生活していることろでは、絶対に戦争なんて起こらないと思います。
エミナが「ナダと平和の種をまきたい」という言葉が、印象的でした。平和とは、人と人が共に思いやりの心を育てていくことではないかと思いました。思いやりをもてば、戦争や戦いごとも起こらないことでしょう。私も今いるこの教室から、平和の種をまく努力をしていきたいと思います。
羽生市立新郷第二小学校5年 岩田和愛
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埼玉県教育公務員弘済会賞
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教育ルネッサンス賞
「自分らしい人生」
国語の授業で「ぼくの世界、きみの世界」という勉強をしていた時、教科書に『自分らしく生きてみないか』という本がのっていました。わたしは、「じぶんらしい人生とは、どういう人生だろう?」と思って、気になっていました。だからこの本を読みました。
この本を大きく分けて五つ、勉強とどうつき合うのか、友達とどうつき合うか、巣立つ生徒に送ることばです。わたしはその中の、「勉強」と「友達」のことを取り上げてみました。
最初は、勉強とどうつき合うかです。勉強が、好きになれない理由とは…?わたしは、勉強と聞けば、授業やテスト、宿題を思い浮かべます。こんなことを思い浮かべると、やだなぁーとか、ためいきをついてしまいます。作者は、「人はだれだって、やらされたり命令されたりすることがきらいで、やりたいことや好きなこと、興味があることは、夢中になってやります。」と言っていました。わたしもそう思うし、進んでやったほうが、気持ちがいいと思います。先生も、そういうことを言っていました。そのほかにのっていたのは、学校の勉強は本物か?というのです。たとえば、中学から大学までに学んだ英語でも、外国の人とは満足に話せないということです。だから自分流の勉強を見つけて、それを続けていれば、大人になって、ひと味ちがった人になれると言っていました。わたしも、そう思うし、自分流の勉強を見つけていきたいと思いました。そして作者は、二つのことを提案しました。一つは「評価を気にしないこと」もう一つは「心を開く」ということです。この二つを守れば、きっといい大人になれると思いました。
次は、友達とどうつき合うかです。仲間はずれにあったら、どうすればいいの?でもそれは、成長のチャンスかも。ということです。仲間はずれとは、みんなでだれかをいじめることです。でも作者は「いじめっ子は、かわいそうな子なのです。きっと皆に囲まれて、チヤホヤされたいし、さみしがりで、家庭もくつろげないのでしょう。でも最後には、一人になってしまうでしょう。だから、そうならないように、早く気づいてほしいのです。」と言っていました。わたしもそうだと思います。それに、悪いことをしたら、悪いことが帰ってくると思います。人はだれだって、自分を見てほしい、わかってほしいと思っていますが、相手もそれは、同じです。だからわかってあげる側になりたいと思いました。作者も、こうしていくことが本当の「自立」であって、自分らしく輝いて人生を送る第一歩であると書いてました。
自分らしい人生とは、決して自分勝手に行動することではなくて、勉強であれば、心を開いて、評価をあまり気にしないで、生き生きと、学校にふり回されず、ほかには、自分を育ててくれた人を大切にして、自分に自信を持つことだと思います。仲間はずれに合ったら、一人で好きなことができる、勉強や読書に集中できると考えればいいのです。将来社会に出れば、一人になるのだから、そういうことを考えて、行動すればいいのです。
秩父市立吉田小学校6年 新井美咲
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教育ルネッサンス賞
「佐賀のがばいばあちゃん」
「佐賀のがばいばあちゃん」。この題名の「がばい」と言う言葉は「すごい」と言う意味の方言です。何がすごいかと言うと、ばあちゃんはものすごく貧ぼうなのに、厳しい戦後をたった一人で七人もの子供をかかえて生きぬき、「うちは、明るい貧ぼう」と言いながら強くたくましく生きているところです。
そして、主人公の昭弘は、小学二年生の時、お母さんの仕事の都合でとつ然、佐賀のばあちゃんの家に預けられ、ばあちゃんとの「明るい貧ぼう」と言う言葉を見て不思議に思いました。なぜなら、貧ぼうと言えば、お金がなくてつらいものとしか考えていなかったからです。でも、二人の生活を読んでいくうちに、そのわけが分かってきました。
ご飯のおかずも買えない程貧しい暮らしの中で、ばあちゃんはいろいろな工夫をしていたのです。例えば、川の水面すれすれに一本の棒を渡し、その棒に木切れや何かが引っかかるようにしておきます。市場で売り物にならない野菜やだれかが落としたゲタ等、流れてきた物が棒に引っかかり、ばあちゃんはそれらを拾って生活に役立てていました。
「わざわざ配達までしてくれると。」
「かん定せんでもよか。」
と、ばあちゃんは川をのぞきこんでは笑っていました。どこまでも明るく前向きな人だと思いました。物が豊富で何一つ不自由のない生活をしている今の時代では想像もつかない話です。川から流れて来たものなんてきたなくて食べられないと思いますが、それだけ昔の川はきれいだったんだなと思いました。考えてみれば、ばあちゃんは五十年も前から川をきれいにし環境問題に取り組んでいたのです。
そんなばあちゃんでも、周りの人々にたくさん支えられて生きてきました。例えば、豆ふ屋のおじいさんがくれた豆ふを半額の五円で売ってくれます。ある日、昭弘が買いにいくと、その日を丁度くずれた豆ふがなくて、困った昭弘はばあちゃんにそのことを伝えに行こうとしました。すると、おじさんがわざわざ豆ふをくずしてくれて、
「くずれたの、あるよ。」
と言って売ってくれました。他には昭弘が目をけがした時に、医者は治りょう費を取らず、帰りのバス代まで渡してくれたそうです。
ばあちゃんの人がらが良かったからこそ、周りの人は助けてくれたのだと思います。私は人との関わりの大切さを学びました。そして、人情の厚さにすごく感動しました。
ばあちゃんが言った、「人に気づかれないのが本当の優しさ、本当の親切。」これは、私の心に深くきざまれたすばらしい言葉です。私はこの本に出会って、ここには書ききれない程多くの事を知りました。私はこれからもずっと、このがばいばあちゃんを見習って、強く、いつも明るく生きていこうと思っています。
川越市立川越第一小6年 岡本美希
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第5回メッセージコンクール(2007年の作品)
★小学校中学年の読書メッセージ!★
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埼玉新聞社賞
「ぼくにもその愛を下さい」
むかしむかし、ティらのサウルスという、らんぼうなきょうりゅうがいました。
「この世の中は、力がある者が勝ち。力の強い者が一番。力こそが大事、強いことが大切なんだ。ヒヒヒヒ…。」
とじんじて、他のきょうりゅうだちを食べて、ふるえあがらせていました。ぼくのまわりの人間たちの世界でも、同じような事がありそうな気がして、ハッとしてしまいました。ぼくも学校で、強い子にいじわるをされたり、反対に友だちにイヤな事をつい言ってしまったりして、仲良くできないことがあるからです。そんな時、ぼくは暗い気持ちになるけれど、ティラノサウルスの本当の心の中はどうなのだろう、と知りたくなりました。
そのティラノサウルスも、年をとって弱くなり、こわがる者はいなくなってしまいました。ガブリとしっぽをかみつかれ、ケガをしたティラノサウルスは、旅に出ました。ところが、目の前においしそうなトリケラトプスの子が来た時、食べようとしても、しっぽがいたくて起き上がれません。本物のティラノサウルスを見たことがない子は、こわがりもせず、仲間の子どもたちを集めました。そして、みんなでしっぽをさすりやさしくなめて、早くなおせる薬の実をとろうと、その木に角がいたむくらい体当たりしました。ティラノサウルスの目から、なみだがポロポロとこぼれました。今までのティラノサウルスだったら、きっとまよわずすぐに、子どもたちを食べてしまったと思います。それができなかったのは、子どもたちのす直でやさしい心をうれしいと感じたり、かわいいと思えたからだと思います。ティラノサウルスは、他のきょうりゅうたちから、ずっとこわがられるだけで、やさしさを受けることがなかったから、自分の方からもやさしさをあげることを知らないまま生きてきてしまった、本当はかわいそうなきょうりゅうだったのかもしれません。
その時、二ひきのギガノトサウスルが、子どもたちをねらって近づいて来ました。ティラノサウルスは、たたかわずにじーっと体を丸くして、子どもたちをしっかりとだきかかえ、かまれたいたみをこらえて守りぬきました。そして子どもたちに向かって、
「おれは、やっとわかったんだ。おぼえていてほしい。大切なのは力が強いことじゃないんだ。一番大切なことは…。」
と言いかけて、死んでしまいました。その言葉のつづきは“あい”だと、トリケラトプスの子どもは知りました。そして、大人になってわが子たちにつたえていきました。
ぼくにもできる“あい”があるような気がしました。やさしい言葉・え顔・思いやり・はげまし…。色いろな形の“あい”があって、だれでもきっと、相手におくることができるのではないかと思えるようになりました。ティラノサウルス、ぼくにもあいをありがとう。
さいたま市立仲町小学校3年 大山照央
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さいたま市教育長賞
「せんそう」
「せんそうってすごくこわい。」
と思いました。ばくだんが空からふってきて家がもえたり、食べ物がなくなったり、家ぞくが死んでしまったり、かなしい事ばかりです。なのに、なんでせんそうなんてするのだろうと思います。母が、
「せんそうは、国と国のけんかのようなものだよ。」
と教えてくれました。けんかで人をころすなんて、すごくこわい事だと思います。
わたしは、家ぞくが死んでしまって、とし子が、一人ぼっちになってしまい、かわいそうだと思いました。わたしだったら、死ぬのも一人ぼっちになるのもいやです。一人ぼっちになったらどうしていいかわりました。
せんそう中に、お兄ちゃんのお古の下着を自分でししゅうして学校にいったら、
「このひじょう時に、花なんかししゅうしたらいけません。すぐほどきなさい。」
と言われて、かわいそうでした。わたしは、なんでししゅうをしたらいけないのかと思いました。わたしは、お古の下着をかわいくししゅうして、着るなんて、とてもいい考えだと思ってしまいました。そうしたら母が、
「せんそう中は、自分の事ばかり考えて、オシャレなんかできなかったんだよ。」
と教えてくれました。わたしは、
「そうなんだ。せんそうの時に生まれた人は、オシャレができなくてかわいそうだなぁ。」
と思いました。
わたしが、一番かなしかったのは、とし子の家ぞくが死んでしまったことです。お父さんと東京のやけ野原になった自分の家を見にいき、とけたガラスのうさぎを見つけました。ガラスをうさぎがとけてしまうほど火のいきおいが強かったんだなと思います。そのガラスのうさぎは、せんそう前に、ガラスしょく人だったお父さんが、とし子のために作ってくれた、たから物です。そんなやさしいお父さんが、とし子の目の前で、死んでしまって、本当にかわいそうでした。
それから日本がせんそうにまけて、へいたいに行っていたお兄さんが帰ってきてくれて、とし子は、一人ぼっちじゃありませんでした。わたしは、とてもうれしかったです。
日本に新しいけんぽうができました。その中の一つに、日本の国が二度とせんそうをしてはいけないという事が決められていました。もっとはやくこの決まりがあったら、とし子の家ぞくや多くの人たちが死ななくてすんだのだと思いました。さいごにとし子は、
「日本のけんぽうはね、せんそうでなくなった大ぜいのいのちでできているの。」
と言っていました。わたしは、この言葉が、とても大事だと思いました。だから、二度とせんそうはおこさないように、この決まりをまもっていきたいです。
さいたま市立谷田小学校3年 佐藤亜美
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埼玉県教育公務員弘済会賞
「大切な命」
わたしは、「いのちのあさがお」という本を読むまで、白血病という病気のことは、全く知りませんでした。もちろん、子どもが、病気で死んでしまうなんで考えたことがありませんでした。
光祐君は、六才の時に白血病とわかり、こうがんざいの治りょうを続けました。高い熱が出たり、水を飲んだだけでもはいてしまうなんて信じられませんでした。ほしがっていても、はいてしまうので、がまんさせるようにと、先生に言われたけど、どんなにつらかっただろう、となみだが出そうなくらい悲しくなりました。
ようだいがあっ化し、
「ボク、死んじゃうのかな。」
死への不安を感じたなんて、すごくかわいそうだと思いました。つらい治りょうにもたえていましたが、七才という短さで、光祐君の命が消えてしまいました。
小学校へは、わずか三ヶ月しか通えませんでした。その間にうえたあさがおがたくさんのたねをつけていました。なくなった後、気づきました。小さなたねの中に、光祐君の命が静かにいきづいているように、お母さんには見えたそうです。親は、本当に子どものことが大事なんだと感じました。
光祐君の育てたあさがおは、『いのちのあさがお』として、命のとうとさや、こつずいバンクのことについて、一人でも、多くの人に知ってもらうために配られています。
“ひとりはみんなのために、みんなは一人のために”これは、光祐君のお母さんが、一番好きな言葉だそうです。わたしのたんにんの先生もよく言う言葉です。光祐君の死をむだにしたくないという、おかあさんの思いが、こもっています。この言葉のおもみを感じるようになりました。これからも、困っている友だちがいたりしたら、声をかけてあげたりしていきたいです。
光祐君は、もっともっと生きたかったと思います。この本を読んで、元気いっぱい遊んだり、学校へ行って勉強できることを、幸せに感じました。
今のわたしにできることは、自分の命を大切にして、せいいっぱいに生きることだと思いました。
秩父市立吉田小学校4年 石間戸香里
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教育ルネッサンス賞
「山古志村のマリと三びきの子犬」
わたしは、犬にかまれたことがあり、犬がきらいになりました。犬がいると、よけたりはなれたりしました。でも、この本を読んで犬はすばらしい動物なんだということを知りました。
マリのかい主は、山古志村役場につとめるゆたかさんでおじいさんと二人ぐらしです。すくすく育ったマリは、幸せにくらしていました。
二〇〇四年十月二三日にマリは、三びきの赤ちゃんをうみました。マリは、とても幸せだったと思
います。けれど、その日の夕方に大きな地しんが起こりました。マリは、何が起きたのかわからなく三びきの子犬たちは、飛ばされてしまいました。でも、マリは一気に三びきのところへかけより安全そうな場所に運んであげました。そしてマリは、おじいさんがいるくずれかけた家の中に飛びこんで行きました。家の二階にいたおじいさんは、タンスの下じきになってしまいあきらめかけていました。その時、マリがさがしに来たのです。おじいさんのほほをなめて元気づけると子どもたちのところにもどります。それを何度もくり返しますそんなマリを見ているうちにわたしは、なみだが出てきました。おじいさんは、マリのすがたを見て「生きるぞ」という気持ちにスイッチが入ったのです。マリは、おじいさんをすくったのです。わたしは、とてもうれしかったです。
マリのかい主のゆたかさんは、小千谷市にいました。地しんがあり、すぐに家に帰ろうとしましたが道路はずたずたになって通れません。ゆたかさんは、マリやおじいさん、子犬たちが心配でたまらなかったと思います。
十月二十五日、ヘリコプターでひなんすることになりました。おじいさんは、マリを連れていけるようにお願いをしました。でも、マリたちは地しんのあとの村にとり残されてしまいました。おじいさんは、くやしい気持ちでいっぱいだったと思います。
それから何日かたちました。ゆたかさんとおじいさんいやっとうれしい知らせが入りました。一度村にもどれることになったのです。村に向かった時不安がつのります。わたしも、はらはらしました。犬小屋へ行くと三びきの子犬たちがじゃれあっていました。でも、マリのすがたが見えません。ゆたかさんは、何度もマリの名前をよびました。すると、
「ワンッ」
と声がしました。そこには、見まちがうほどやせてしまい顔つきが変わってしまったマリがいました。16日間、生まれたばかりの子どもを守りぬき生きていました。わたしは、マリが生きていてくれて本当にうれしかったです。そして、どんな時でもあきらめないマリがすごいと思いました。けんめいに生きたマリのがんばりはたくさんの人にゆう気とき望をあたえたと思います。
行田市立泉小学校4年 志村彩夏
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教育ルネッサンス賞
わたしもタネット・リーダーを目指して
わたしは、動物が大好きだ。動物たちは、みな目がピカピカ光って、とてもやさしい目をしているからだ。この本にも動物のことがたくさん書いてあると思って、わくわくしながら読んでみた。読んでみたけど。ちょっとちがっていた。お話は、難病にかかったピトゥスのために、仲良しのタネットたちが動物園をつくるというのだ。
このタネットは、わたしと同じ十才なのだ。友達を救おうという気持ちはわかるが、あきらめやすいわたしには、とても考えられないことだ。
最初に、タネットから学んだことは、協力してくれる友達を集めたことだ。きっとタネットは、ふだんから遊びも運動も勉強も友達といっしょになかよくできる子なんだと思った。それよりもむずかしいことは、みんなと話し合いながら一つのことをまとめていくということだ。タネットのようなリーダーになるために、わたしも今日から話し合いの勉強をしっかりしていくよ。
次に学んだことは、一人一人のとくいなところをいかして役を決めたことだ。なんでも作ってしまう会場班長のフレミング、せんでんポスター作りや文字を書くことが好きな、ジュリ事む局長などだ。『ピトゥスの動物園』のポスターは、とってもかわいくできていたよ。わたしもなんでも聞いてくれる友達をもつために、信頼される人になるよ。
それから学んだことは、タネットはとっても人をはげますことが上手だということだ。うまくいかなくてこまっているジュリを見つけて、
「ジュリ、そう落ちこむなよ。気にするなって、そこまでがんばることないよ……。」
と言って、ジュリのやる気をだしてしまった。わたしも、タネットにまけないように友達に声かけができるようにゆう気をだしてみるよ。
もっと学んだところは大人にまじってなんでもおじけることなくやってしまうところだ。町会の人達や神父さんや動物の先生や動物園長さんなど、みんな仲間にしてしまうんだからゆかいだ。この人達と公民館のハイキングした時の動物ほかくさくせんは、どんな動物たちがとれるのかドキドキした。
手作りのピトゥスの動物園は、いろいろな人達のなみだとあせとちえと苦ろうのけっしょうだった。すてきな動物園になった。
タネットがんばったね。はくしゅを送るよ。人間一人ではなにもできないけど、みんなで力とちえを出しあえばなんでもできてしまうんだね。
わたしも、今日からリーダーを目指してがんばるからおうえんしてね。ないたりやめそうになったら、「こらっ」としかってね。
さいたま市立植水小学校4年 成石ちひろ
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第5回メッセージコンクール(2007年の作品)
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審査委員長賞
きゅうじょ犬ベアを読んで
ぼくは、きゅうじょ犬ベアという本を読んで、犬とのかんけいや人と人とのきょう力するすがたを学んだ気がした。
ぼくが、この本を読んだのは、お母さんが、「この本、いい本だよ。」と言っていたから、この本が気になって、読むことにした。この本は、9、11同時たはつテロで、せかいぼうえきセンタービルがこわされ、そのばしょで、きゅうじょ犬とたくさんの人びとがたすけあい、のぞみをかける話だとぼくは思う。
きゅうじょ犬と言っても、ただのきゅうじょ犬ではなく、犬に人のこころをもっているようなすばらしい、しょうじょうをあげたいくらいがんばった犬の話です。むずかしいところもあったけど、お母さんにききながら話のないようが分かって、この本にむ中になっているぼくがいた。
9、11のじけんのときぼくは、まだようち園にも行っていない、まだ二さいの赤ちゃんだった。けれど、ぼうえきセンタービルがくずれていくのをテレビで見たおぼえがある。
なぜビルがくずれたのか、なぜ大さわぎしているのか、その時のぼくには分からなかった。今8さいのぼくは、すこしだけかもしれないけど、9、11じけんについてりかいできるようになった。
きゅうじょ犬と、かいぬしのしんらいかんけいは、とてもすごいもので、人をつぎつぎと見つけだすが、かなしいけっかになる。
でも、ベアもかいぬしも、生きてたすけをもとめている人がいあるかもしれないと、きゅうじょのこころをもって、あきらめず前にすすんで行く。そして、しらない人との出会い、きょう力、あぶないところにも立ちむかって行く。そのがんばりが、人でいられることがぼくに力をくれた。
この本を読んで、ぼくがしらべたところ、9、11じけんによっていのちがなくなった人が、2749人、ビルの中の人たちをたすけに行った人たち369人も、その中にいます。ビルにたすけに行った人も入れて、ビルのこわされた中からたすけられた人は、たったの20人。これをしったぼくは、こんなことってあるのかと、くやしさでいっぱいになり、こころがいたくなった。
でもそのあと、たくさんの人が、かなしみやつらいことにもまけず、このじけんをわすれてはいけないと、立ち上がっていったすがたにも、こころがいたくなった。この本と読んで犬でも人でもこまっているときは、手をさしのべることができるかんけいは、すばらしいこと、犬をペットとしてかうだけでなく、人といっしょにたすけあい、生かつしていく生きものだと思った。ぼくは、きゅうじょ犬の見かたをかえ、いのちの大切さを知っているのは、人よりも犬かもしれないと思いました。ぼくは、手をさしのべるゆう気をつよくもっていきたいと思います。
越谷市立鷺後小学校2年 田島唯人
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川越市教育長賞
「みんなきえちゃえ」をよんで
この本の中の男の子は、きらいなものがたくさんありました。まほうのはこをひろい、
「みんなきえちゃえ。」
と、さけんだらみんなほんとにきえてしまいました。すきなことをやりたいだけやれます。
この男の子は、すごいと思いました。それは、一人ぼっちでもさみしくないからすごいと思いました。ぼくは、きらいなものは、きえちゃえと思ったことは、ありません。うるさい音も、いつもおこっているおかあさんもけんかをしてなかされる、おにいさんも、おかしのとりあいをする、いもうとも、たまに
「きらい。」
と言うけど、ほんとうにきえちゃったら、とってもさみしいです。
でも男の子も、さいごはさみしかったようです。毎日つまらなくなっちゃうからです。まほうのはこにむかって、なきながら、
「ごめんね。」
と言いました。きえちゃった人がみんなもどってきたから、うれしそうでした。
やっぱりぼくの思ったとおりでした。一人ぼっちは、さみしいです。いろいろやなことがあっても、だれもいなくなっちゃうのは、さみしいです。うるさい、きらいと思ってもやっぱりそばにみんないないとさみしいです。
この本をよんで、まわりの人たちのだいじさがわかりました。おかあさんにおこられないようにしようと思いました。
行田市立泉小学校2年 新井竜成
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埼玉県教育公務員弘済会賞
ありがとうをいいたくて
このお話は、うさぎくんがぶたのおばさんの言ってくれたことばを言うお話です。それは、
「ありがとう、おかげさまで」
ということばです。このことばをうさぎくんは、友だちがしんせつにしてくれたら、わすれずに、ありがとう、おかげさまでと言ってみたくなりました。
ウサギくんはねずみくんとけんかをしたり、先生におこられたりして、そのことばがなかなか言えません。うさぎくんは、トイレに行きたいのに、言えなかったねずみくんのかわりに、トイレに行きたいことを先生に言ってあげました。わたしは、ねずみくんのかわりに言ってあげたうさぎくんは、えらいなあと思いました。トイレからかえってきたねずみくんから、
「ありがとう、おかげでたすかった。」
と言われて、うさぎくんは、ますますうれしくなって、ますますじぶんもそのことばを言いたくなりました。
雨の日に、うさぎくんは、いつか会ったぶたのおばさんにかさをかしてあげようとして、かってに教室をとび出しました。そして先生におこられてしまいました。でもかさをかしてあげたことは、ほめられました。先生からかりたタオルで体をふいて、タオルをかえすときに、やっと、うさぎくんは
「ありがとう、おかげさまで。」
と言えました。そのときうさぎくんは、
「あっ、やっと言えた。」
と思ったと思います。うさぎくんがぴょんぴょんはねてかえる気もちは、わたしがなにかがはじめてできたときの気もちと同じだなあと思いました。
草加市立稲荷小学校2年 光武妃音
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教育ルネッサンス賞
「ひみつ」を読んで
「ひみつ」のお話は、しんおばあちゃんのたん生日に、まごのゆうきがしんおばあちゃんのひみつのねがいをかなえてあげるお話です。
ゆうきは、しんおばあちゃんに手紙を書きました。「80さいのたん生日にほしいものを教えてね。」と、書きました。しんおばあちゃんは、ほしいものは、ゆうきのえがおと書いたけれど、本とうは、ほしいものがひとつだけあるのと、ひみつのねがいを書きました。それは「天国にいるおじいちゃんに会ってダンスがしたい。」でした。ゆうきは、しんおばあちゃんのねがいを、どうじてもかなえたくなりました。友だちにそうだんをしたら、「まほうつかいになれば。」と言われ、ゆうきは、げきで、まほうつかいになったときにしんおばあちゃんが作ってくれたぼうしをかぶりました。そうしたら、なんと、ねことしゃべれたのです。ぼうしのおかげでした。森へ行き、ことりと、そして、ふくろうじいさんとしゃべれて、ねがいがかなうほうほうを教えてもらい、じんおばあちゃんのねがいがかなったのでした。
わたしは、ゆうきがしんおばあちゃんのねがいをどうしてもかなえてあげたいとつよっく思って、一生けんめいなところが、やさしくていいなと思いました。しんおばあちゃんは、40年も会っていなかったおじいちゃんに会うことができて、すごくうれしかったと思います。わたしも、しんおばあちゃんが、おじいちゃんに会えて本とうによかったと思いました。人のために、一生けんめいなにかしてあげて、その人が、すごくよろこんでくれたら、わたしもうれしいです。わたしは、ゆうきがしんおばあちゃんのたん生日のたなばたの夜、ほしまつりをしてねがいをするところが気に入りました。わたしもたなばたがたん生日です。わたしも、たん生日に森に行って、ほしまつりをしたいと思いました。じぶんだけのねがいじゃなくって、かぞくのしあわせをおねがいしたいです。ゆうきみたいに、ねがいがかなうといいなと思います。
熊谷市立成田小学校2年 高間礼那
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教育ルネッサンス賞
さいごのまほうを読んで
ゆきがうっすらつもったふかい森のおくにまじょのおばあさんが一人ぼっちですんでいました。
年をとるとまじょは、まほうがつかえなくなるので、もうすぐじぶんのまほうの力がきえてしまうことに気がつきます。
わたしは、だい名の「さいごのまほう」は、どうしてさいごなのかなとふしぎだったのでここを読んでわかりました。
まじょは、いまのうちにかわいいとかすてきと言われるようないいものにへんしんしなければと思います。
わたしもじぶんだったら何になろうかなとかんがえて、ワクワクしました。
まじょは一生けんめいかんがえてやさしくて、かわいいスミレの花になりました。
でも、まじょの花は、ちょっとしおれています。ゆきの中でじっとしていると、きつねやうさぎに、ふんずけられそうになるので、やっぱりやめました。
つぎにきれいな鳥になることにします。でも、まじょは、まっ黒のからすになってしまいました。
わたしも、まほうがつかえたら鳥になって空をとんでみたいなと思いました。
まじょの鳥は、気もちよくとんでいましたがタカにおいかけられます。
わたしは、早くにげてとハラハラしました。
まじょの鳥は、おちそうになりながらもひっしに木にとびついてにげました。
鳥から元にもどったまじょは、つぎに何になろうかとかんがえながらあるいていました。そしてゆうくんという男の子と出会いました。ゆうくんとまじょは、くすの木の下で休みながら、
「ここにベンチがあったらいいのにね。」
と言いました。くすの木の下で休む人たちがみんな
「ここにベンチがあったらいいのにな。」
と言うので、まじょはベンチになりました。でも、これがさいごのまほうだったのです。
わたしは、ベンチがさいごのまほうでいいのかなとドキドキしました。
ゆうくんやまじょのベンチにすわる人は、
「このベンチ好きだな。」
と気にいってくれるので、まじょはよろこびました。
わたしも、まじょのベンチにすわってみたいなと思いました。
ずっと一人ぼっちだったまじょは、ベンチになってみんなにかこまれ、しあわせになれたと思います。
さいごのまほうは、とてもいいものになれたとほっとしました。
熊谷市立成田小学校2年 中村茉央
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第5回メッセージコンクール(2007年の作品)
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審査委員長賞
「母の笑顔」
戸田市立喜沢小学校5年 川西祥子
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さいたま市教育長賞
「緑色のえんぴつ」
春日部市立柏壁小学校6年 大瀧朋美
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埼玉県教育公務員弘済会賞
「木村あいりちゃんへ」
加須市立礼羽小学校6年 東岡陽菜
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教育ルネッサンス賞
「お父さん、お母さん」
加須市立礼羽小学校6年 千葉奈津美
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教育ルネッサンス賞
「父へ」
いつもゆびを切っていて
さいたま市立谷田小学校6年 土肥大祐
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第5回メッセージコンクール(2007年の作品)
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埼玉新聞社賞
「お兄ちゃん」
志木市立志木第二中学校3年 長美幸
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埼玉県中学校長会賞
「3年後」
志木市立志木第二中学校1年 垣内雄貴
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埼玉県教育公務員弘済会賞
「生きている」
熊谷市立吉岡中学校3年 佐々木こず恵
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教育ルネッサンス賞
「いつも心の中で」
上尾市立東中学校1年 岩田茉由貴
● ○。。〇・ 。●○・ 。○・。● ○。
●。〇・ ●。○。 ○。●・ ○ ・
教育ルネッサンス賞
「犬」
菖蒲町立菖蒲中学校2年 斎藤果織
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