★小学校高学年の読書メッセージ!★
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教育ルネッサンス理事長賞
「私の色」
『トモ、僕は元気です。』の本の帯に、読み終えたあと、きっと人にやさしくなれるそんな物語、とありました。このやさしくなれると言う言葉にドキッとして、離れなくなりました。
そして、やはり本の中には心が暗くなり、考えさせられる場面がありました。それは、主人公、和樹君のお兄ちゃん、トモがいじめられる場面です。
トモは障害児で、小学校の時からイジメられているのです。しかし、私が思わず考えてしまったことは、イジメられているということではなく、和樹がそのイジメの現場を見てしまい、どうしようもなくなってしまい、そこからにげだしてしまったことです。
私は、もしこれが私だったら……きっと和樹といっしょでにげてしまうだろうな。息がつまって、そして、自分が情けなくなりました。私も悩んでいることがあるからです。
読んでいくと、そんな私を変えるヒントの言葉がありました。その言葉は、『毒は、弱いところへと流れていく。毒ををたれ流すのも、弱いものなのに』というものです。
そして、和樹は、こんなことを思い始めていました。ぼくが、切りきざみたかったのは、ソファーカバーじゃない。ゆるせなかたのは、イジメた人たちからにげた自分だった。トモなんかいなきゃいいのにと、思ったぼくがいやでたまらない、ということです。
わたしもそうだよなぁ、みんなが弱いんだよな、私もいっしょでいいんだよなぁ、と泣きそうになりながら思っていました。そして、私の今までってどんなに情けなかったのだろうと思いました。私はこの本と出会うまで、心のことをあまり深く考えないで生活していました。和樹は、自分の気持ちからにげないでよく考えて、だからこそ悩んでいたと思います。私は、そのことにはっとし、今までの自分を反省しました。
私の心を色に例えると、自分の色は白にはもう、もどれないけど、うすまった少し新しい色で明日をえがけばいいんだよなぁと思うようになれました。私は、この本のおかげで、毎日自分の色をえがきながら、がんばればいいんだと思うようになり、少しほっとした気持ちです。
最後に、私はこの本を読み、和樹と共に成長したいと思います。世の中にはたくさんの人がいる。みんな、それぞれ個性(色)は違うけれど、やっぱりみんな私と同じで弱い気持ちがあると思います。だれ一人として違う人はいないと思います。そして、一人一人の大切さは同じなのだから、自分の色で、自分生命をかがやかせ、明日をえがけばよいのだと思います。そこには、きっと自分によく似た色を持つ人もいるでしょう。そう、みんな色は違うけど決して一人ではないのです。
私は、自分の色を大切にして生きていきたいです。トモに負けないように…。
鷲宮町立東鷲宮小学校6年 有山唯菜
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埼玉県公立小学校校長会賞
平和の種をまくために
ボスニア・ヘルツェゴビナという国は、イタリアの近くにあることを知りました。私は、この本を読むまでは、そのような国があることすら知りませんでした。ボスニアの周りには、小さい国がたくさん集まり、昔は、ボスニアのほかに、スロベニア、クロアチア、セルビア、アケドニア、モンテネグロの六つの国が一つだったそうです。しかし、民族間で戦争が起こりました。三年半にわたった戦争は終りますが、ボスニア・ヘルツェゴビナは、一つの国の中に二つ国ができてしまったそうです。
エミナが生まれたのは、戦争中のことでした。「戦争中に赤ちゃんを育てることは、どんなに大変だったのだろう。ミルクやおむつはどうしたんだろう。エミナが泣いたときに、お母さんは困らなかったのかな。」と私は、本を読み進めながら思いました。お母さんは、
戦争中でもエミナのためならどんなことでもがんばり育てました。ただ、お母さんは、「エミナが生まれたときは、まるで暗やみに光がさしたようだった。」と大きな希望を持ったにちがいありません。
戦争が終っても、家はほうげきでこわされていて、中のものがすべて盗まれ、エミナたちは家に帰れませんでした。もどってこられたのは、戦争が終わって、六年間もたってからでした。その間、つらくてとても悲しい気持ちだったと思います。私は戦争はほんとにこわいものだと思いました。
コミュニティーガーデンは、ある団体の支えんで、家のない人たちに与えられる農園です。ここでは、戦争で戦っていた民族同士が、仲良く農作物を作ってくらしていました。ボスニアクのセイダおばさんは、夫が行方不明のままだし、セルビア人のドリブラおばさんは、負傷した息子を生かすために必死だったそうです。そして、毎日農園にかかさず通うのは、「農作物をつくるだけでなく、それを分かち合う仲間がいるからだ。」という言葉に大変私は感動しました。同じ農作物を共に育てることのすばらしさが、戦争を終わらすことになるのではないかと思ったからです。そして、エミナも、セルビア人の一つ年下のナダと一番の仲良しになりました。
この農園では、民族という区別よりも一人一人のつながりがあって、おたがいのことをよく知ることで、ほとんど問題にならないそうです。民族間での戦争はどうして起こるのかな。この農園のように、みんなが助け合って、喜びをわけ合い、仲良くいっしょに生活していることろでは、絶対に戦争なんて起こらないと思います。
エミナが「ナダと平和の種をまきたい」という言葉が、印象的でした。平和とは、人と人が共に思いやりの心を育てていくことではないかと思いました。思いやりをもてば、戦争や戦いごとも起こらないことでしょう。私も今いるこの教室から、平和の種をまく努力をしていきたいと思います。
羽生市立新郷第二小学校5年 岩田和愛
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埼玉県教育公務員弘済会賞
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教育ルネッサンス賞
「自分らしい人生」
国語の授業で「ぼくの世界、きみの世界」という勉強をしていた時、教科書に『自分らしく生きてみないか』という本がのっていました。わたしは、「じぶんらしい人生とは、どういう人生だろう?」と思って、気になっていました。だからこの本を読みました。
この本を大きく分けて五つ、勉強とどうつき合うのか、友達とどうつき合うか、巣立つ生徒に送ることばです。わたしはその中の、「勉強」と「友達」のことを取り上げてみました。
最初は、勉強とどうつき合うかです。勉強が、好きになれない理由とは…?わたしは、勉強と聞けば、授業やテスト、宿題を思い浮かべます。こんなことを思い浮かべると、やだなぁーとか、ためいきをついてしまいます。作者は、「人はだれだって、やらされたり命令されたりすることがきらいで、やりたいことや好きなこと、興味があることは、夢中になってやります。」と言っていました。わたしもそう思うし、進んでやったほうが、気持ちがいいと思います。先生も、そういうことを言っていました。そのほかにのっていたのは、学校の勉強は本物か?というのです。たとえば、中学から大学までに学んだ英語でも、外国の人とは満足に話せないということです。だから自分流の勉強を見つけて、それを続けていれば、大人になって、ひと味ちがった人になれると言っていました。わたしも、そう思うし、自分流の勉強を見つけていきたいと思いました。そして作者は、二つのことを提案しました。一つは「評価を気にしないこと」もう一つは「心を開く」ということです。この二つを守れば、きっといい大人になれると思いました。
次は、友達とどうつき合うかです。仲間はずれにあったら、どうすればいいの?でもそれは、成長のチャンスかも。ということです。仲間はずれとは、みんなでだれかをいじめることです。でも作者は「いじめっ子は、かわいそうな子なのです。きっと皆に囲まれて、チヤホヤされたいし、さみしがりで、家庭もくつろげないのでしょう。でも最後には、一人になってしまうでしょう。だから、そうならないように、早く気づいてほしいのです。」と言っていました。わたしもそうだと思います。それに、悪いことをしたら、悪いことが帰ってくると思います。人はだれだって、自分を見てほしい、わかってほしいと思っていますが、相手もそれは、同じです。だからわかってあげる側になりたいと思いました。作者も、こうしていくことが本当の「自立」であって、自分らしく輝いて人生を送る第一歩であると書いてました。
自分らしい人生とは、決して自分勝手に行動することではなくて、勉強であれば、心を開いて、評価をあまり気にしないで、生き生きと、学校にふり回されず、ほかには、自分を育ててくれた人を大切にして、自分に自信を持つことだと思います。仲間はずれに合ったら、一人で好きなことができる、勉強や読書に集中できると考えればいいのです。将来社会に出れば、一人になるのだから、そういうことを考えて、行動すればいいのです。
秩父市立吉田小学校6年 新井美咲
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教育ルネッサンス賞
「佐賀のがばいばあちゃん」
「佐賀のがばいばあちゃん」。この題名の「がばい」と言う言葉は「すごい」と言う意味の方言です。何がすごいかと言うと、ばあちゃんはものすごく貧ぼうなのに、厳しい戦後をたった一人で七人もの子供をかかえて生きぬき、「うちは、明るい貧ぼう」と言いながら強くたくましく生きているところです。
そして、主人公の昭弘は、小学二年生の時、お母さんの仕事の都合でとつ然、佐賀のばあちゃんの家に預けられ、ばあちゃんとの「明るい貧ぼう」と言う言葉を見て不思議に思いました。なぜなら、貧ぼうと言えば、お金がなくてつらいものとしか考えていなかったからです。でも、二人の生活を読んでいくうちに、そのわけが分かってきました。
ご飯のおかずも買えない程貧しい暮らしの中で、ばあちゃんはいろいろな工夫をしていたのです。例えば、川の水面すれすれに一本の棒を渡し、その棒に木切れや何かが引っかかるようにしておきます。市場で売り物にならない野菜やだれかが落としたゲタ等、流れてきた物が棒に引っかかり、ばあちゃんはそれらを拾って生活に役立てていました。
「わざわざ配達までしてくれると。」
「かん定せんでもよか。」
と、ばあちゃんは川をのぞきこんでは笑っていました。どこまでも明るく前向きな人だと思いました。物が豊富で何一つ不自由のない生活をしている今の時代では想像もつかない話です。川から流れて来たものなんてきたなくて食べられないと思いますが、それだけ昔の川はきれいだったんだなと思いました。考えてみれば、ばあちゃんは五十年も前から川をきれいにし環境問題に取り組んでいたのです。
そんなばあちゃんでも、周りの人々にたくさん支えられて生きてきました。例えば、豆ふ屋のおじいさんがくれた豆ふを半額の五円で売ってくれます。ある日、昭弘が買いにいくと、その日を丁度くずれた豆ふがなくて、困った昭弘はばあちゃんにそのことを伝えに行こうとしました。すると、おじさんがわざわざ豆ふをくずしてくれて、
「くずれたの、あるよ。」
と言って売ってくれました。他には昭弘が目をけがした時に、医者は治りょう費を取らず、帰りのバス代まで渡してくれたそうです。
ばあちゃんの人がらが良かったからこそ、周りの人は助けてくれたのだと思います。私は人との関わりの大切さを学びました。そして、人情の厚さにすごく感動しました。
ばあちゃんが言った、「人に気づかれないのが本当の優しさ、本当の親切。」これは、私の心に深くきざまれたすばらしい言葉です。私はこの本に出会って、ここには書ききれない程多くの事を知りました。私はこれからもずっと、このがばいばあちゃんを見習って、強く、いつも明るく生きていこうと思っています。
川越市立川越第一小6年 岡本美希
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