★中学生の読書メッセージ!★
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埼玉県教育長賞
「不都合な真実」
「今日も猛暑日です!水分をしっかりとり、熱中症に気をつけましょう。」
この夏休み、私はエアコンの効いた快適な家の中で、全く汗をかくこともなく、そんなニュースを毎日見ていた。家の中にいながらにして熱中症で亡くなってしまった老人もいたという。体温より高い気温が何日も続き、そして、自分自身も外に出て実感する猛烈な暑さ(熱さ)。テレビでは予想最大電力と供給力を毎日表し、節電を呼びかけていた。もし供給がストップしてしまったら……。そんな中、テレビの街頭インタビューでマイクを向けられた女性が笑顔で答えていた。
「あ~。わかってるけどやってないよね。」
周りの友人も笑顔でうなずいている。エアコンの設定温度を二十八度にしていますか?という問いかけに対する答えだった。自分一人が気をつけたところで何も変わらない、とか自分一人くらいは別にいいだろう、とか……本当に残念なことだけれど、そういう意識を持っている人が多いのではないか。これでは、いくらテレビやコマーシャルの中で訴え続けても意味がなくなってしまう。どうすればそんな意識を変えることができるのだろう。この夏、私は、そんな私達の低い意識を変えてくれる本に出会った。アメリカの元副大統領アル・ゴアの書いた『不都合な真実』である。
「地球温暖化」よく耳にする言葉だけれど、その温暖化はなぜ起こっているのだろう。そしてその温暖化によって私達の地球はどのようなことになってしまうのか。そして、不都合な真実とは何なのか……?
この本の表紙にはこう記してある。
『地球のためにあなたが出来る最初の一歩はこの事実を知ることだ』
と。彼が生まれて初めて温暖化について考え、その後もずっと意識的に注意を向けるようになったきっかけは、学生時代に出会った科学者であったという。私にとって、この本が温暖化について知り、そして考えるきっかけをくれた大切な一冊となった。
大気中の二酸化炭素が増加すると気温が上昇し、それによって急速に溶ける氷河、水不足による湖の消滅。どんどん広がる世界の砂漠化……。衝撃的な写真やデータが、ページをめくるたびにこの目に飛び込んでくる。世界中の多くの生物種も気候変動の脅威にさらされているという。
私が驚いたのは、洪水や干ばつ、ハリケーン、竜巻など、自然災害だから仕方ないもの、人間の力では防げないものであると思っていたものでさえ、私達人間の活動が影響を及ぼしているという点であった。
気候の危機の解決に手を貸すためにできること……。この本の最後には、私達のハイテク生活が自然界に与えている圧力を減らす為にだれにでもできる様々な具体的な取り組みが紹介されている。私はその提案の中から、いくつか自分がすぐにできることをみつけた。使わない電気は消す。可能な限り歩く。モノを大切にする。買い物はマイバッグで……等である。もう「知らない」とか「知っているけれどやらない」とか「私くらい」と、そんな風に思っていてはいけないのだ。この地球上に生きる私達一人一人が気づき、自分のやれることを今すぐ始めれば、状況は少しずつでも変わるのではないだろうか。
映画や本の中で彼はこう言っている。
『将来を守るため、私達はもう一度立ち上がらなければならない』
と。彼が世界中をまわって温暖化のスライドを見せ、講演をしている時、最もよく聞かれる質問が二つあるという。その中の一つが
「たくさんの人達が、まだこの危機は本物で花井と思っているのはなぜなのだろうか」
それに対し彼はこう答えている。
「理由の一つは気候の危機に関する真実は自分達の暮らしを変えなくてはならないという『不都合な真実』だからではないかと思う。」と。変えるべきものが冷暖房の温度設定を調整するとか新しい種類の電球と使うといった小さなことにしろ、石油や石炭から再生可能な燃料に切り替えるといった大きなことにしろ、そのためには骨を折らねばならず、一部の力の強い人や企業にとって特に不都合であり歓迎せざるものなのだと。訳者もあとがきでこう結んでいる。
「本書が不都合な真実と真撃に向き合い、今日の便利さや利益ではなく、将来世代も含めた視野で考え、ひとりひとり・組織・地域・社会・国・国際社会の動きを変えていく強力な原動力になることを心から祈っている。」と。
この地球上に生きている限り、この真実に関係のない人なんていない。まず、真実を知り、しっかりと向き合う。そして、自分から意識を変えていくことが、温暖化を防ぎ、地球を守ることへとつながっていくのだ。
川越市立第一中学校3年 伊藤汐音
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埼玉県中学校長会賞
親のこころ
母は私に一冊の本をすすめてくれた。だが、私はその本にはまったく興味がなく、いつの日か部屋の隅に置くようになった。
ある日、私が部屋の掃除をしている時だった。ふと、あの本が頭に浮かんだ。いつの間にか私はその本を探していた。その本は埃だらけだった。私は静かにゆっくりと本を開いた。本を開く音とともに大きく書かれた題名が目に入った。そこには『再び去った息子』と書いてあった。
これは父の元を離れていった息子の話だ。息子は家を離れていった。父から請け負って全財産を手にして……。しかし、しばらく何年かたったある日、息子はからっぽになって帰って来た。あやまってもあやまりきれない罪悪感を感じていた。しかし、それを見た父は何も言わずギュッと息子を抱き締めてあげた。父は息子の全てをゆるしてずっと待っていたのだ。お金や財産を失ったけど息子が帰って来てくれた。それだけでも父は嬉しかった。息子は自分の罪を反省し、父と一緒に暮らした。
しかし息子はまた家を離れていった。
今度は愛する父のために家を離れたのだ。父は、その必要はないと反対したが、愛する父にどうしてもお金を稼いで何かプレゼントしたかったのだ。再び離れた息子は本当に頑張って働いた。父に会いたい感情も抑えて必死にお金を集めた。
五年という月日が過ぎた。息子は成功し、多くの金を手に入れた。そして、父に捧げるプレゼントを持ち、家に帰って来たのだ。だが、息子が家に着いた時にはもう父はいなかった。一か月前に病気で亡くなったのだ。父の死の前で息子は胸が痛んだ。そして、父からの一通の手紙で息子は胸が張り裂けそうになった。その手紙にはこう書いてあった。
『愛する息子へ。私はなにも入らないよ。本当に私が欲しかったのはお前との時間だ。お前と一緒にいることだったんだ。お前に会いたかった…。父より。』
息子の目からは涙が止まらなかった。息子はやっと気付いたのだ。父が欲しかったのはどんなに豪華なプレゼントよりずっと一緒にいることだったことを…。
読み終えた後の私の目からは涙がこぼれ落ちようとしていた。私はそれをグッとこらえて空を見て思った。親の心をよく知ることが親を喜ばせる第一歩だと…。
次の日からこの本は私の机のとなりの本棚に置くようになった。
川口市立芝園中学校2年 金瑜順
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埼玉県教育公務員弘済会賞
ハッピーバースデー
わたしが読んだ本は、ハッピーバースデーです。作者は青木和雄さん、吉岡多美さんです。この本は、学校の図書室にあったのを少し見たとき、読んでみたいと思ったので、自分で買いました。
この本の、おもなストーリーは、主人公、あすかが様々なでき事をのりこえ、正直でまっすぐな心をもった女の子に変わっていくという物語です。
初めに、あすかは、家族に冷たくされ、自分の誕生日を忘れられるという悲しい出来事を経験し、声がでなくなってしまいます。わたしは、なんてひどい事をする家族なんだろうと思いました。でも、この話を読んでいくうちにだんだんと家族、特に母親の気持ちが分かりました。
なぜなら、あすかの母、静代は昔、親にまったく相手にしてもらえないという悲しい過去があったのです。病弱な姉ばかりを相手にして、自分の事は忘れられたように相手にされない、こんな事があったら、わたしだったら苦しくて、つらくなると思います。だから少しその母親の気持ちも理解できました。
このように、この物語では、主人公だけでなく、家族一人一人の気持ちにもスポットを当ててえがかれているのです。
次にあるかが療養のため、祖父の家に行き、だんだんと心の豊かさをとりもどしていく場面があります。その中でもわたしが特に心に残っている言葉は祖父の「あすか。怒る時は怒れ。悲しい時は思いっきり泣け。がまんなんかするな。感情を殺したら生きる力が無くなるよ。じいちゃんが受け止めよう。安心してあすかの感情を、本当のあすかを出してごらん。」という言葉です。本当の自分を出す。これは簡単そうでなかなか難しいことだと思いました。わたしも、つい何かあってもがまんしがりなので、しっかり感情をだせるようになりたいです。
そして、ついに声をとりもどしたあすかは引っ越したので、新しい学校に、転校生として、再び学校に通い始めます。しかし、そのクラスではいじめがおきていました。祖父と祖母に、生きるということと、本当の自分をだすということをよく学んだあすかは、堂々といじめ問題について、自分の気持ちを伝え、みごといじめ問題を解決しました。わたしはそんな勇気のあるあすかをすごいと思いました。いじめられて、死のうとしていた子にも「死ぬ方法より、幸せに生きていく方法を探そうよ。」声をかけてあげる場面があります。とてもいい事を言うなと思いました。幸せに生きていく方法には、希望がたくさんあるんだから、という事だと思います。
そして、あすかの他にも母を変えていく人物がいます。それが、会社の上司、星なつきです。一見何も考えていないような、なつきですが、大事なことは一番よく分かっていて、母の心にひびく言葉をかけます。人間として母よりよっぽどあすかの気持ちを分かっていて、厳しい言葉で母を変えていくのです。そしてなつきは、自分の母とあすかの母が似ている、と言います。「分かりますか?わたしはあすかちゃんなんですよ。」「もう、いじめないでください。お母さん。」と言ってなつきは泣いてしまいます。その場面で、ようやく母は、あすかの事を考えるのです。わたしは、あすかだけでなく、なつきもすごいなと思いました。自分もつらい経験をしたのに前向きな気持ちを忘れないで、一生けん命母を変えていくなんて、なかなかできることじゃないと思います。
そして最後の場合で母があすかの誕生日会で「一人では生きていけないということを、みなさんの言葉に思い知らされました。」と言います。わたしは、その通りだと思いました。人は、一人で何もできません。たくさんの人と関わり合って、一人一人の気持ちを言い合って、それでこそ、人生なんだとこの本を読んで思いました。
最後にあすかは鏡に眩しいほどにかがやく笑顔でいいます。「ハッピーバースデー、あすか。生まれてきてよかったね。」これには、きっと幸せなあすかの気持ちがこまっていたんだと思います。
さいたま市立東浦和中学校1年 澤野真由
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教育ルネッサンス賞
「平和へのねがいと祈り」
この夏、僕はNHK合唱コンクールで「風の夏から 夏」を歌った。
出場前に「この『夏』の歌詞はヒロシマの夏。ひかりは原爆、原爆のひかりに焼かれた父。しかし、子である私達は恨みや憎しみではなく、もうこのような悲劇な出来事が二度と起こらないでほしいという平和への願いと祈りの曲です。」と先生から解釈をしてもらった日から僕は、この曲を歌うことに何か決意に似たようなものが生まれた。
歌い終わった後のシーンとした静けさの中に、何かピーンと張りつめていて直立したような感情は何なのだろう。これが僕の平和への願い、祈りなのだろうか。形があるとすればどんな形なのだろう。訳のわからない決意だけでいいのだろうか。
そんな時、図書館で「ナガサキに翔ぶ ― ふりそでの少女像をつくった中学生たち ―」という題名の本を見つけ、迷わずこの本を手にしていた。
ふりそでの少女像のモデルでもある美奈子ちゃんは、長崎に落とされた原爆で、わずか十才で命を奪われてしまった。美奈子ちゃんの亡骸は史子さんという少女の亡骸と仲良く並んで戸板の上に乗せられた。二人の少女は黄色とピンクの振り袖を着せられ、積み上げた材木に火を付け荼毘に付された。その光景は、焼け落ちた風景の中で悲しくも、はっとするほど美しく、通りかかる人々の目を引いたそうである。「悲しき別れ―荼毘」と題された絵の中に描かれた美奈子ちゃんは、四十三年もの年月を隔てて離ればなれになっていた母、志なさんと再会する。そんな志なさんの今の願いは、娘の供養と平和への祈りを込めた折り鶴を広島に届けることだった。そんな中、出会った京都の綾部中学校生徒会役員の薫達を筆頭に善意の輪は拡大していく。友人から家族、地域の人々、平和運動の人達……薫達の善意の活動は、ほんの小さな綾部という地域から広がり、テレビの電波にのり全国へと拡大していくのにそんなに時間はかからなかった。そのことに、僕はとても驚いた。僕は、綾部がどこにあるか地図帳を開いてみた。川に小石を投げた時、広がる波紋を想像した。薫達の善意の小石は、平和への願いと祈りを波紋のように広げたのだ。
戦争を知らない僕達にとって、平和の意味がよくわからないという現実がある。でも、ヒロシマ、ナガサキの地に原爆という殺りくのための兵器が落とされ、何十万人もの人間が焼け死んだ国に生まれたことも事実だ。一石を投じた綾部中に僕はエールを送りたい。
本の中に次のようなくだりがある。「戦争は人間のしわざ、戦争は人間の生命の破壊、戦争は死、過去を振り返ることは将来に対する責任を負うこと。ヒロシマを考えることは平和に対して責任を取ること」僕は、胸を突かれた。胸に刻みつけなければと思った。今までに、僕達は「ヒロシマの有る国で」を歌った。「木琴」も歌った。「夏」も歌った。秋の合唱祭では、クラスで「消えた八月」も歌う。戦争は、いつもどこかの国で起きている。平和への道のりは、はてしなく遠い。遠くても平和への願い、祈りは次の世代にバトンを渡さなければならないと思う。平和への道程の中に僕達はいるということを自覚しなければならない、僕の認識は「歌うこと」から始まったようだ。
「父が焼かれた日」が二度と来ないように。
「ふりそでの少女像」に祈りを込めて。
川越市立川越第一中学校3年 阿出川彬
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教育ルネッサンス賞
天国の亜也さんへ
私があなたのことを知ったのはテレビドラマがきっかけでした。二〇〇五年十月、「1リットルの涙」毎週毎週、ティッシュ箱を片手に見ていました。脊髄小脳変性症という重い病気におかされた少女が必死に生きる姿を実話に基づいて放送されたものです。それから、あなたが一生懸命書き続けた日記に出会い、今も大切なものとして保管しています。あなたが書いた一つ一つの言葉にこれまで何度、勇気づけられたことか。
病気はどうしてわたしを選んだのだろう。あなたはそう言っていました。この世に生まれてから大きな病気一つしたことのない私に何も答えることはできないけれど、病気はあなたを信じたのではないかな。あなたならきっと乗り越えられる、生きていける。「運命」という言葉では確かにかたづけられない。でもあなたは負けなかった。最後まであきらめなかったよね。
くじけそうになったことは本を読む限り、本当にたくさんあったようだけれど、あなたの心からの言葉に圧倒させられました。亜也さんは強い人です。私は到底、あなたのような人にはなれないと思います。ただ、私はあなたを見習っていきたいです。私が生きていく人生であなたに会うことはないけれど、いつも心の支えになってくれると思っています
あなたが流した1リットルの涙には色々な思いが込められていました。病気を知ったとき、体が不自由になっていくとき、友達との別れ。つらい涙が多いと思っていたけれど、違ったんだね。周りの人の優しさや友達の気遣いの嬉し涙もあったということを知りました。亜也さんにとって友達とは何ですか。人間は個性があって友達でも、あなたのように強い心を持った人もいれば、なかなか人と打ちとけられない人もいます。そんな中にいる自分は、周りの友達からどう思われているのかなぁと、気になってしまうことがあります。あなたを懸命に支えてくれた友達はあなたにとってかけがえのない宝物だったのだろうと本を読んで思いました。私にも大切な友達はたくさんいて、心からの感謝の気持ちがあるけれど、本当の友達の良さをまだ知りません。あなたのように自分が窮地に立ったとき気づくことなのかもしれません。そう考えると、家族も同じです。日頃、親に迷惑をかけ、感謝しているつもりでも伝わらない、自分の口から両親にありがとうと言えるのはいつになるのかな。亜也さんのようにうまく伝えられません。だから、いざというとき支えてくれる家族だったら、そのとき本当のありがたさが分かるのではないかと思います。そしていつかきっとあなたのように一人前の親孝行をします。
あなたは友達、家族を大切にしていました。つらいのはあなただけではないことをしっかり理解していたのはすごい。家族は一緒に闘ってくれている。あなたは自分だけ満足すればいいなんて一度も思っていなかった。だからあなたの家族はあなたを必死で支えたんだよ。あなたの素直な気持ちがなかったら、一人で病気を抱え込むことになっていたかもしれない。あなたの周りの人達はあなたが大好きだったんだね。
私も亜也さんが大好きです。私はあなたの言葉に何度も勇気づけられたと言いました。嘘ではありません。なんだか、あなたの言葉を思い出すと元気になれます。私の一番好きなあなたの言葉。
いいじゃないか転んだって
また 起き上がれば いいんだから
転んだついでに仰向いて 空を見上げてごらん
青い空が 今日もお前の上に限りなく広がって
ほほえんでいるのが見えるだろう
お前は 生きてるんだ
本でもドラマでも、この言葉は忘れられません。私の今までの人生、転んだこともたくさんあったけれどこの言葉を読み、思い出して起き上がれたことだってあるんだよ。一度くらい失敗したって大丈夫。自分の失敗をずっと考え込んでしまう私にとってあなたの言葉は救いの手だったんだよ。私だけではない。この世の人みんな。
私はあなたのことを全て知っているかのように偉そうに話してきたけれど、伝えたいことは一つです。本当にいっぱいの勇気をありがとう。
あなたが今どこで何をしているか私には分からないけれど、私は絶対に忘れません。あなたの様な病気に向かう強い心を持った人が昔も今もいることを。
亜也さんの生涯、全てを知るには少なくとも1リットルの涙が必要なのではないかな。
狭山市立中央中学校2年 酒井里恵
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